2016年6月27日月曜日

★「話し合い」についての考察★

暑くなってまいりました。
オリンピックも近くなりまして、ワタクシの後輩も出場しますので、がぜん期待も膨らむわけなんですけど、後援会へのカンパを捻出する事が貧乏バンドマンにはなかなかできず、とあるお店でバイトをしています。労働の後のビールも美味い季節となりましたー。

そんなある日、高円寺の南口のロータリーでウワサの三宅洋平クンが「選挙フェス」なるイベントをやっていたそうで、バイトで観れなかったんですけど、You Tubeで拝見いたしました。

彼曰く「実は右派も左派も余り言っている事は変わらない、話し合いが足りないんだ。」と。


まあ、確かになるほどと思う部分もありますよ。
例えば彼は発電所からの送電に頼らないシステムで「選挙フェス」の電力を使っていたり、劣悪な環境で労働している東南アジアの労働者を尻目に、大量生産・価格破壊で暴利を貪る某アパレルメーカーのような製品は着ずに、天然素材の服を着ているそうですが、両方とも非常にコストがかかるので普通より高くついてしまうが、そういった環境に配慮した気持ちに切り替える態度が必要だ。的な発言をしていました。


しかし、個人的に自然エネルギーの発電システムを構築したり、限られた賃金の中からその一部でも天然素材で手縫いの「自然にやさしい」ジャケットなどを買える余裕はないのも事実ですし、例えは多少違いますが今問われている「政治とカネ」の問題からすると、自然エネルギー発電システムで選挙演説するよりも、既存の電力で選挙演説する方が現状コスト的に安くなるのであれば、「国民にやさしい」つまりは税金使われ方も安くすむのでは?ともいえないでしょうか。後輩へのカンパを捻出する為の、皿洗いとかしながらふと考えてもみました。


要するに「話し合い」なんでしょう。
今はコストがかかるが、将来的にはスタンダードになるという説得とそれを理解していく努力をするということが、彼が言いたい事なんだとは思いました。総天然素材でコストが高くついた、例えば公務員とかの職員服が議会で問題になっても、「書道のためのチャイナ服」じゃないんだと、ちゃんと理にかなった説明とそれに対する理解が必要なんですよね。原発が全廃炉になった途端に自然エネルギーシステムを止める彼でないことを、切に願います。


そうそう、舛添問題で次の候補が色々挙がった時に、
「別に都民のことを真剣に考えてくれて、しっかり政策に取り組んでくれるんだったら蓮舫チャンでもいいんじゃないの?」と保守寄りのSNSに書き込みましたところ、「オマエの言う事などは聞かない、シカトします。」とか「中共の回し者」とか、沢山のご批判をうけました。(笑)ワタクシ的には自公の都議連の方々に反省と戒めをうながしたつもりだったんですけどねー。(笑)

ここにも「話し合い」が必要なんでしょうね。

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